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2026.06.15
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【事業承継M&Aコラム】ものづくり事業承継の実例③

本シリーズでは、2018年10月にセレンディップグループに参画した三井屋工業株式会社の事例をもとに、ものづくり企業の事業承継において、オーナー経営者が何を考え、どのように準備し、会社の未来を託していったのかを振り返ります。

事業承継の実行 取引先をはじめ、関係者の理解を得る

※本記事は、過去に公開した「ものづくり事業承継の実例」シリーズをもとに、現在の読者に向けて加筆・再編集したものです。文中の役職、数値、会社概要等は、当時の情報を含みます。

前回は、三井屋工業株式会社の5代目社長であった野口明生氏が、どのように事業承継先を探し、セレンディップ・ホールディングス株式会社との資本提携を決断したのかを取り上げました。

三井屋工業は、1947年に創業した自動車内外装品メーカーです。
トヨタ自動車株式会社、トヨタ紡織株式会社をはじめとする自動車関連企業との取引を通じて、長年にわたりものづくりの現場を支えてきました。

野口氏は、50歳を過ぎた頃から「三井屋をどういう会社に成長させていくのかを考えてくれる事業承継先に任せたい」という思いを持ち、自ら事業承継に向けて動き出しました。

第3回となる本稿のテーマは、「事業承継の実行」です。
セレンディップHDとの資本提携を決断した後、野口氏がどのように取引先、株主、従業員などの関係者に理解を得ながら承継を進めていったのかを振り返ります。

関係者に理解を得る

ものづくり企業の事業承継は、単に株式を譲渡すれば終わるものではありません。

特に三井屋工業のように、自動車産業のサプライチェーンを支える企業にとって、安定供給を継続できるかどうかは非常に重要です。
そのため、野口氏は、事業承継を円滑に進めるためには、主要取引先をはじめとする関係者の理解が欠かせないと考えていました。

取引先から理解を得る

野口氏は、セレンディップHDとの具体的な資本提携を決断する以前から、主要取引先に対して、自ら説明に伺っていました。

まず、第三者への事業承継を検討していること。
その後、承継候補先がセレンディップHDともう1社に絞られてきたこと。
さらに、セレンディップHDを資本提携先として決定する可能性が高まってきたこと。

こうした節目ごとに、考え方や進捗を丁寧に説明していきました。

主要取引先が特に懸念していたのは、株主が変わった後も、これまで通り安定供給を継続できるのかという点でした。
野口氏は、セレンディップHDのこれまでの実績や、長期的にグループ会社を支える考え方を説明し、理解を得ていきました。

また、最終契約の締結後、クロージングまでの間にも、他の取引先に対して野口氏自ら説明に伺いました。

ものづくり企業にとって、取引先との信頼関係は長年かけて築いてきた大切な財産です。
その信頼を途切れさせないことが、事業承継を実行するうえで大切なポイントでした。

株主から一任を得る

次に、野口氏は株主からの理解を得ることを進めました。

資本提携前の三井屋工業には、野口氏の親族のほか、法人株主、取引金融機関、元役員や現役員などの個人株主がいました。

事業承継を進めるには、こうした株主の理解が欠かせません。
野口氏は、なぜセレンディップHDとの資本提携を進めるのか、三井屋工業の将来にとってどのような意味があるのかを説明し、株主から一任を得ることができました。

これは、野口氏がこれまでの経営を通じて、関係者との信頼関係を築いてきたからこそできたことでもあります。

クロージングまでの時間

セレンディップHDとの資本提携を決めてから、クロージングを迎えるまでには約8か月を要しました。

その期間、条件面の確認だけでなく、関係者への説明や、承継後の会社の方向性について協議が重ねられました。

野口氏にとって、この時間は単なる手続き期間ではありませんでした。
時間をかけて協議を行ったことで、セレンディップHDとの信頼関係をより深めることができたといいます。

事業承継では、スピードも大切です。
一方で、ものづくり企業の承継では、取引先、株主、従業員との関係を丁寧につないでいくことも同じように重要です。

従業員へ説明する

従業員に対しては、クロージング後、野口氏からすぐに説明が行われました。

三井屋工業では、以前から将来的な経営体制の見直しについて、一定の考え方が共有されていました。
そのため、実際に事業承継が行われた際にも、大きな動揺はなかったといいます。

従業員にとって、株主や経営体制の変更は大きな出来事です。
だからこそ、経営者が自らの言葉で説明し、会社の将来を伝えることが重要になります。

野口氏は、会社を守るだけではなく、次の成長に向けて変わるべきところは変えていく必要があることを伝えてきました。
その積み重ねが、従業員の理解につながったといえます。

事業承継に対する野口氏の思い

野口氏は、事業承継に対する思いについて、次のように話しています。

「よく、苦しい決断をされましたね、とか、どんな思いで、などとお声をかけていただくのですが、実は私としては、皆さんがおっしゃるような、断腸の思いとか、崖から飛び降りるような勇気、などというのは、まったく感じていなかったのです。会社が大きく成長する可能性を見いだせたこと。父の想いを、少し形は違うけれど、実現に近づけられたこと。その二つに対する、前向きな気持ちのほうが大きかったと思います」

この言葉から分かるのは、野口氏にとって事業承継は、会社を手放すための後ろ向きな決断ではなかったということです。

むしろ、三井屋工業を次の成長へつなげるための前向きな選択でした。

野口氏はまた、取引先、株主、従業員、家族の理解があったからこそ、大きな混乱なく承継を進めることができたとも話しています。

事業承継の実行で大切なこと

三井屋工業の事例から分かるのは、ものづくり企業の事業承継では、関係者の理解を得るプロセスが非常に重要だということです。

特に、自動車産業に関わる企業にとって、取引先への供給責任を果たし続けることは欠かせません。
そのため、野口氏はまず取引先の理解を得ることを重視しました。

もちろん、すべての事業承継に同じ進め方が当てはまるわけではありません。
しかし、三井屋工業にとっては、取引先との信頼を守ることが、承継を成功させるうえで大きな意味を持っていました。

事業承継は、新たな株主に株式を譲渡するだけではありません。
取引先との信頼、従業員の安心、株主の理解、そして会社が果たしてきた役割を、次の経営体制へ引き継いでいくことです。

三井屋工業の事例は、ものづくり企業の事業承継において、関係者との信頼関係を丁寧につなぐことの大切さを示しています。

次回は、セレンディップグループに参画した後、三井屋工業がどのように承継後の経営に取り組んでいったのかを取り上げます。
事業承継は、クロージングで終わるものではありません。
「事業承継後」という視点から、三井屋工業の歩みを見ていきます。