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2026.06.16
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【事業承継M&Aコラム】ものづくり事業承継の実例④

本シリーズでは、2018年10月にセレンディップグループに参画した三井屋工業株式会社の事例をもとに、ものづくり企業の事業承継において、オーナー経営者が何を考え、どのように準備し、会社の未来を託していったのかを振り返ります。

事業承継後 株式譲渡後も引継ぎを重ね、次の成長へつなげる

※本記事は、過去に公開した「ものづくり事業承継の実例」シリーズをもとに、現在の読者に向けて加筆・再編集したものです。文中の役職、数値、会社概要等は、当時の情報を含みます。

前回は、三井屋工業株式会社の5代目社長であった野口明生氏が、セレンディップ・ホールディングス株式会社との資本提携を決断した後、どのように取引先、株主、従業員などの関係者に理解を得ながら承継を進めていったのかを取り上げました。

三井屋工業は、1947年に創業した自動車内外装品メーカーです。
トヨタ自動車株式会社、トヨタ紡織株式会社をはじめとする自動車関連企業との取引を通じて、長年にわたりものづくりの現場を支えてきました。

野口氏は、50歳を過ぎた頃から「三井屋をどういう会社に成長させていくのかを考えてくれる事業承継先に任せたい」という思いを持ち、自ら事業承継に向けて動き出しました。
そして、円滑な承継を実現するために、取引先、株主、従業員への説明を一つひとつ丁寧に進めていきました。

第4回となる本稿のテーマは、「事業承継後」です。
2018年10月にセレンディップグループへ参画した後、三井屋工業がどのように経営の引継ぎを進め、次の成長に向けて動き出したのかを振り返ります。

セレンディップグループへ参画

三井屋工業は、2018年10月にセレンディップグループへ参画しました。

セレンディップHDからは2名が常勤役員として加わりましたが、野口氏は株式譲渡後もすぐに退任するのではなく、引き続き社長として経営を担いました。
これは、円滑な事業承継を進めるため、取引先との関係を継続しながら、次世代への引継ぎを行うためでした。

ものづくり企業、とりわけ自動車産業のサプライチェーンを支える企業にとって、事業承継後も安定供給を続けられるかどうかは非常に重要です。
そのため、株式譲渡後も野口氏が経営に関わり続けたことは、取引先に一定の安心感を与えることにつながりました。

事業承継は、クロージングで終わるものではありません。
承継後に、これまでの信頼関係をどのように引き継ぎ、新しい体制へ移行していくかが重要になります。

100日プランの実行

セレンディップグループ参画後、野口氏をはじめとする三井屋工業の役員・従業員と、セレンディップHDから加わった常勤役員は協力しながら、新たな成長軌道に乗せるための100日プランを立案し、一つひとつ実行していきました。

組織活性化に向けては、従業員の意欲を高める取り組み、社内コミュニケーションを深める施策、業務改善によるスリム化などを、従来よりも速いスピードで進めていきました。

この時の様子について、野口氏は次のように話しています。

「何よりもうれしいのは、従業員のキャリアデザインを考え、丁寧に一人ひとりと接してくれていることです。日々、よい方向へ変化しているのを感じます。株式譲渡の半年前、足元の業績は大変厳しいものがありましたが、体質改善のスピードが上がり、それが業績にも表れてきました。また、社長として、今までやりたかったことや、やりきれなかったことも、新体制で進めることができました」

事業承継後の経営では、これまでの会社の良さを守ることと、変えるべきところを変えることの両方が求められます。
三井屋工業では、セレンディップグループの支援を受けながら、現場の力を活かしつつ、経営改善のスピードを高めていきました。

グループ連携による変化

100日プランの実行とあわせて、セレンディップグループの一員となったことによる連携も少しずつ始まりました。

例えば、三井屋工業のIT担当者がセレンディップHDに出向し、グループ全体のIT推進業務に関わる機会が生まれました。
また、グループ各社の人事担当が集まり、グループ全体の人事について話し合う場も設けられました。

さらに、グループ会社である技術者専門の派遣会社サンテクト、現在のセレンディップ・テクノロジーズからの人材派遣も受け入れました。

こうした取り組みは、三井屋工業単独では進めにくかった領域に、グループとして取り組むきっかけになりました。
事業承継後の成長においては、資本が変わるだけでなく、人材、IT、経営管理、技術など、さまざまな面で新しい力を取り入れることが重要になります。

山形県米沢市への新工場進出

2020年2月、三井屋工業は東日本の生産拠点として、山形県米沢市に新工場を建設することを発表しました。

三井屋東北工場の外観

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東北工場の建設は、東北・関東エリアに生産拠点を置く顧客に対して、より迅速かつ柔軟に対応するため、長年検討されてきた案件でした。

野口氏は、高橋副社長、梅下専務とともに山形県庁を訪問し、山形県知事、米沢市長に進出を報告しました。
また、複数の新聞社からの取材も受けました。

その後、ロボットやIoTなどの技術を活用したスマートファクトリー化を目指す東北工場は、2021年5月に竣工しました。

野口氏は、このプロジェクトを三井屋工業の将来に関わる重要な取り組みと位置づけていました。
そのため、次世代を担うメンバーに責任を持って推進してほしいという思いから、高橋副社長を中心とする新体制のもとでプロジェクトを進めました。

この取り組みを通じて、野口氏は、今後もさまざまな分野でグループ会社が連携・協同することで、一社だけでは限界のあった取り組みを進め、成長の可能性を広げていけるのではないかという期待をさらに強めたといいます。

後継社長へのバトンタッチ

2020年6月、野口氏は高橋副社長に社長職をバトンタッチしました。

高橋新社長は、1991年に三井屋工業へ入社して以来、野口氏から期待をかけられ、海外出張に同行するなど、さまざまな経験を積んできました。
株式譲渡後も副社長として経営に関わり、承継後の新体制を支えてきました。

この社長交代については、取引先からも、外部からではなく三井屋工業をよく知る人材が社長に就任したことに安心感がある、という評価を得たといいます。

野口氏は、安心して社長を任せることができたと話しています。
そのうえで、高橋新社長に対して、次のような考えを伝えました。

一つは、自動車業界が大きく変化するなかで、三井屋工業としてどのように経営していくのかという視点。
もう一つは、セレンディップグループの一員として、どのように経営していくのかという視点です。

この二つの視点を大切にしながら、三井屋工業の経営のかじ取りをしてほしい。
それが、野口氏から新社長へのメッセージでした。

事業承継後の社長交代は、単なる役職の交代ではありません。
会社の歴史や取引先との信頼を引き継ぎながら、新しい経営体制へ移行する大切な節目です。

事業承継の経験を活かして

社長交代と同時に、野口氏は相談役に就任しました。
その後は、自らの事業承継の経験を活かし、後進の育成や、事業承継に悩む経営者への助言にも関わるようになりました。

野口氏は、経営者から相談を受けるなかで、次のように感じたと話しています。

「驚いたことに、皆さん、単なる後継者不足で悩んでおられるわけではありません。後継者が親族や社内にいたとしても、これまでの延長線上に会社の将来の発展はあるだろうかと、真剣に考えた末、事業承継を第三者に託すべきではないかと考えておられるのです。それは、まさに私が一番悩み、考えていたことでした」

事業承継は、後継者がいないから仕方なく行うものとは限りません。
後継者がいたとしても、会社の将来を考えたときに、第三者の力を取り入れることが必要ではないかと考える経営者もいます。

野口氏は、会社を成長させるために現状を打破しなければならないという危機感を持つ経営者が少なくないことは、未来への希望でもあると話しています。

そして、会社の歴史や創業者の志に立ち返り、従業員とその家族の幸せを考えて決断することが大切だと述べています。
自社だけで対応できるのであれば、それに越したことはありません。
しかし、それが難しいのであれば、第三者に事業を託すことも重要な選択肢の一つです。

野口氏の現在の心境

インタビューの最後に、野口氏は現在の心境について次のように話しています。

「いま、正直に申し上げて私は、肩の荷が下りてすっきりした気分です。19歳で父を亡くして以来、片時も、三井屋の株についての懸念が頭から離れませんでした。簡単に事は進まない非上場株に関する問題から解放され、本当にホッとしています」

この言葉には、長年にわたり会社を背負ってきた経営者としての実感が表れています。

事業承継は、会社の未来を考える経営判断であると同時に、オーナー経営者自身が長年抱えてきた責任や不安に一つの区切りをつける意味もあります。

野口氏にとって、セレンディップグループへの参画と後継社長へのバトンタッチは、三井屋工業の将来を託すとともに、自身の経営者としての責任を次の形へつなぐものでもありました。

事業承継後で大切なこと

三井屋工業の事例から分かるのは、事業承継はクロージングで終わるものではないということです。

株式譲渡後も、取引先との関係を維持し、従業員の安心感をつくり、次の経営体制へ丁寧に引き継いでいく必要があります。

特に、ものづくり企業の事業承継では、サプライチェーンの一翼としての責任を引き続き担うことを、社内外に理解してもらうことが重要です。
三井屋工業では、野口氏が株式譲渡後も社長として経営の引継ぎを行い、その後、三井屋工業をよく知る人材へ社長職を引き継ぎました。

もちろん、すべての事業承継が同じ形になるわけではありません。
株式譲渡と同時に経営者が交代する場合もあれば、外部から経験豊富な経営者を迎える場合もあります。

ただし、どのような形であっても、承継後に取引先、従業員、株主などの関係者に安心感を持ってもらうことは欠かせません。
事業承継後の経営こそが、承継の本当の成果を問われる場面です。

三井屋工業の事例は、株式譲渡後も丁寧に引継ぎを行い、グループの力を活かしながら、次の成長へつなげていくことの大切さを示しています。