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2026.06.15
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【事業承継M&Aコラム】ものづくり事業承継の実例②

本シリーズでは、2018年10月にセレンディップグループに参画した三井屋工業株式会社の事例をもとに、ものづくり企業の事業承継において、オーナー経営者が何を考え、どのように準備し、会社の未来を託していったのかを振り返ります。

第2回 事業承継の準備                 面談を重ね、自らの思いを具体化し、承継先を決断する

※本記事は、2021年5月20日に公開した過去記事をもとに、現在の読者に向けて加筆・再編集したものです。文中の役職、数値、会社概要等は、当時の情報を含みます。

前回の記事では、2018年10月にセレンディップグループに参画した三井屋工業株式会社を事例に、5代目社長であった野口明生氏が、なぜ50歳を過ぎた段階で第三者承継を考え始めたのかを取り上げました。

三井屋工業は、1947年創業の自動車内外装品メーカーです。
トヨタ自動車株式会社、トヨタ紡織株式会社をはじめとする自動車関連企業との取引を通じて、長年にわたりものづくりの現場を支えてきました。

野口氏が事業承継を考えるうえで重視していたのは、単に株式を譲渡することではありませんでした。
「三井屋をどういう会社に成長させていくのかを考えてくれる相手に任せたい」。
その思いが、第三者承継に向けて自ら動き出す原点にありました。

第2回となる本稿では、その思いをどのように具体化し、どのような基準で承継先を選んでいったのかを振り返ります。

まずは、M&Aを知ることから始まった

第三者承継を考え始めた野口氏は、金融機関からの紹介などを通じて、複数の投資ファンドや関係者と面談を重ねました。

当時、野口氏にとってM&Aは、必ずしも十分に知識や経験のある領域ではありませんでした。
そのため、候補先との面談は、単に承継先を探す場であると同時に、M&Aや資本提携の実務を学ぶ機会にもなりました。

面談を重ねるなかで、野口氏は少しずつ、自分が本当に求めている承継先の条件を明確にしていきます。

三井屋工業の企業価値を高めることはもちろん重要です。
しかし、それだけでは十分ではありません。
野口氏が知りたかったのは、「この相手は、三井屋工業をこれからどのような会社に成長させていこうとしているのか」という点でした。

短期的な収益性や投資回収だけではなく、三井屋工業の歴史、取引先との関係、従業員の力、ものづくり企業としての役割を理解したうえで、将来像を描いてくれる相手かどうか。
その視点が、野口氏のなかで次第に明確になっていきました。

候補先を比較するなかで見えてきた判断軸

野口氏は、さまざまな機会を通じて事業承継先の探索を続けました。
そのなかで、最終的に候補先は大きく2社に絞られていきます。

一つは、熱心に接触してきた投資ファンド。
もう一つが、セレンディップ・ホールディングス株式会社でした。

投資ファンド側には、自動車部品メーカーへの投資経験があり、業界の立ち位置についても一定の理解がありました。
その点では、候補先として検討に値する相手だったといえます。

一方で、野口氏には懸念もありました。

仮に投資ファンドと資本提携した場合、数年後には企業価値を高めたうえで、別の投資ファンドや事業会社へ売却される可能性があります。
もちろん、それ自体が一般的な投資ファンドのビジネスモデルであり、否定されるものではありません。

しかし、三井屋工業のように、自動車産業のサプライチェーンの一端を担い、長期安定取引を前提に事業を続けてきた企業にとって、短期間で経営体制が変わることは、取引先や従業員に不安を与える可能性があります。

野口氏が求めていたのは、短期的に会社の価値を高める相手ではなく、長期的に三井屋工業を支え、成長させる相手でした。

この比較を通じて、野口氏の判断軸はさらに明確になっていきました。

セレンディップHDとの出会い

そうしたなかで、野口氏は取引銀行との関係を通じて、セレンディップHDの髙村氏と話す機会を得ます。

そのとき野口氏は、「この人と仕事をしたら面白いかもしれない」と感じたといいます。
単なる条件交渉の相手ではなく、三井屋工業の将来について本音で話せる相手だと感じたことが、その後の関係につながっていきました。

数カ月後、野口氏は自らセレンディップHDを訪ね、三井屋工業の事業内容や抱えている課題、自身の思いを共有しました。

そこで野口氏が確認したのは、セレンディップグループの考え方でした。

セレンディップグループは、後継者不足や成長課題を抱える中堅・中小企業の承継を支援し、必要に応じてプロ経営者を派遣しながら、長期的に企業価値を高めていくことを目指していました。
また、グループに参画した企業を単独で見るのではなく、グループ全体で連携し、経営管理の高度化や事業上のシナジーを生み出していく姿勢を持っていました。

この考え方は、野口氏が求めていた承継先の姿に近いものでした。

三井屋工業を単に買収するのではなく、長期的に成長させる。
現場の力や取引先との関係を尊重しながら、経営管理や人材、資金、成長戦略の面で支える。
その方向性に、野口氏は次第に強く惹かれていきました。

三井屋工業の未来に必要だったもの

野口氏が見据えていたのは、三井屋工業単体の承継だけではありませんでした。

当時、自動車業界は「100年に一度の大変革期」と言われていました。
ガソリン車から電動車への移行、技術開発の高度化、設備投資負担の増加、人材確保の難しさ。
自動車部品メーカーを取り巻く環境は、大きく変わろうとしていました。

そのなかで、三井屋工業が今後も成長し続けるためには、これまでの延長線上の経営だけでは限界がある。
野口氏はそう考えていました。

必要なのは、5年後、10年後を見据えた成長の絵を描くこと。
三井屋工業だけでなく、業界全体の変化を見据えたうえで、部品メーカーとしてどのような立ち位置を築くのかを考えること。
そして、その実現に向けて、資金、人材、経営管理、技術開発、設備投資を一段高いレベルに引き上げることでした。

 

野口氏は、三井屋工業が半世紀以上にわたり育てていただいた取引先に、これからも必要とされる会社であり続けたいと考えていました。
そのためにも、会社を守るだけではなく、変化に対応できる会社へ進化させる必要がありました。

この考え方は、野口氏にとって、父が見据えていた会社のあり方にも重なるものでした。

セレンディップHDを選んだ4つの理由

2017年12月、野口氏は最終的に、もう一つの候補先であった投資ファンドではなく、セレンディップHDとの具体的な資本提携に向けて進むことを決断しました。

その決め手は、大きく4つありました。

一つ目は、後継者不足や成長課題を抱える会社の経営を引き継ぎ、成長を支援してきた実績があったことです。
単なる資本参加ではなく、経営に入り込み、企業の成長を支える姿勢があることは、野口氏にとって重要な判断材料でした。

二つ目は、一般的な投資ファンドとは異なり、長期安定保有を前提としていたことです。
短期的な売却を前提とするのではなく、グループ会社として長期的に支え、経営の近代化を進めていく考え方は、三井屋工業のようなものづくり企業に合っていると感じられました。

三つ目は、セレンディップHDが株式上場を視野に入れて準備を進めていたことです。
将来的に上場会社グループの一員となることで、三井屋工業もより大きな成長機会を得られるのではないか。
その期待もありました。

そして四つ目が、髙村氏や竹内氏への信頼でした。
二人が三井屋工業の価値を高く評価し、一緒に会社を成長させたいという熱意を持っていたこと。
さらに、三井屋工業が今後もトヨタ自動車をはじめとする取引先に役立つ会社であり続けたいという軸足を、深く理解してくれたこと。

野口氏にとっては、この四つ目が最も重要な理由だったといいます。

最後は、人への信頼が決断を支える

事業承継においては、条件やスキーム、価格、契約内容など、検討すべき要素が数多くあります。
それらはいずれも重要です。

しかし、最終的な決断を支えるのは、「この相手になら会社を託せる」と思えるかどうかです。

野口氏は、自動車業界が大きく変化するなかで、将来何が起こるかは分からないと考えていました。
だからこそ、どのように環境が変わっても、三井屋工業が三井屋工業であり続けるための判断基準を持ってくれる相手かどうかを重視しました。

企業は、環境変化に合わせて姿を変えていかなければなりません。
しかし、変えてはいけないものもあります。
取引先に対する誠実さ、ものづくりへの責任、従業員とともに会社をつくる姿勢、長年培ってきた信頼。
そうした会社の芯を理解してくれる相手かどうか。

野口氏は、セレンディップHDの髙村氏、竹内氏との対話を通じて、その信頼を持つことができました。

セレンディップHDへのグループイン時の写真

事業承継の準備とは、目的と優先順位を明確にすること

三井屋工業の事例から見えてくるのは、事業承継の準備とは、単に資料を整えることや候補先を探すことだけではないということです。

もちろん、財務資料や事業計画、株主構成、契約関係などの整理は必要です。
しかし、それ以上に重要なのは、オーナー経営者自身が「何のために事業承継を行うのか」を明確にすることです。

野口氏は、複数の候補先と面談を重ねるなかで、自分が三井屋工業に求める未来を具体化していきました。
短期的な条件ではなく、長期的な成長。
単なる売却ではなく、会社を次の段階へ進めるための承継。
取引先や従業員に不安を与えるのではなく、会社の信頼を引き継いでいくこと。

この目的と優先順位があったからこそ、最終的にセレンディップHDという承継先を選ぶ判断ができたのだと思います。

事業承継のプロセスでは、交渉が進むにつれて、当初の目的が見えにくくなることがあります。
条件面の比較や周囲の意見に引っ張られ、本来何を実現したかったのかが曖昧になることもあります。

だからこそ、オーナー経営者は、早い段階で自らの判断基準を持つことが大切です。

誰に託すのか。
何を守るのか。
何を変えるのか。
会社をどのように成長させたいのか。

その問いに向き合うことが、事業承継の準備の本質です。

三井屋工業の事例は、事業承継先を「探す」だけではなく、対話を通じて自らの思いを深め、会社の未来像を具体化していくことの重要性を示しています。

次回は、セレンディップHDとの資本提携を決断した後、三井屋工業がどのように取引先、株主、従業員などの関係者に理解を得ながら、実際の承継を進めていったのかを取り上げます。
ものづくり企業の事業承継において欠かせない「実行」のプロセスを見ていきます。